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世界遺産登録

世界文化遺産成らず

武家の古都鎌倉・・・登録申請・取り下げ

鎌倉で育まれた武家の文化がその後の日本の文化にどの様に影響を与えたかをアピールしてきたが残念ながら理解されなかったようだ。

日本社会に大きな影響を与えた武士は平安時代後期、各地で「武者」と称して自己武装し、戦闘員としての身分が形成されつつあった、「兵の習」や「武者の道」等と言われる主従関係に基ずいた独自の倫理を身につけてきた武家についてリポートします。

それは東日本地域での自然災害に始まる相次ぐ戦乱や私領の領有権争いを通じて形成されてきたもので、「将門紀」「奥州後三年合戦記」等の軍記物や「今昔物語集」等の説話集に描かれている。

平安時代も末期になると、彼等武士は朝廷に進出してゆき、その軍事・警察部門を担う武家として成長してゆきました。 その成長の飛躍となったのが保元・平治の乱であり、武士が活躍するきっかけとなった内乱であります。
鎌倉源氏山公園・源頼朝像(鎌倉・扇ヶ谷)
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こうして朝廷に仕える武士の代表が源氏であり平氏で、「武士の長者」として政治的に台頭していった結果、十二世紀後半になると、平清盛が武家の政権を京都に形成しました。そして同時期に地方の諸国、奥州の藤原氏、伊豆の北条氏、相模の三浦氏、下総の千葉氏、等武士の家が台頭し始めました。

1180年(治承四年)、平治の乱により伊豆に流され北条時政の館にあった「源氏の旗」源頼朝は、平氏政権の失政を捉えて挙兵しました。・・・石橋山の戦いに敗れ、三浦氏とともに房総に敗走するも、千葉氏、畠山氏等東国の有力豪族を味方に付けつつ鎌倉に入った。

鎌倉は三方を山に囲まれた自然の要害の地であり、十一世紀から源氏の根拠地でした。鎌倉を拠点に頼朝は東国に割拠する武士達をまとめ、朝廷から東国の統治権をみとめられ、平氏を滅ぼすと、幕府を樹立。さらに東北地方の平泉に根拠地を置く藤原氏を攻め、全国的な軍事支配を完成させた。

平成二十五年癸巳・己未・丁未
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世界遺産・適否勧告

緊急リポート(Ⅱ)・・・文化庁の見通し

政府が世界文化遺産に推薦している「富士山」・「鎌倉」について文化庁は、「国際記念物遺跡会議」(イコモス)が五月にも登録にふさわしいかどうかを勧告する見通しだと発表した。 勧告は六月に開かれる世界遺産委員会の本審査に大きな影響を与えるだけに注目される。
鶴岡・八幡宮一の鳥居より八幡宮・本殿を望む(鎌倉・由比ヶ浜)
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「富士山」は、富士五湖や神社など25件が構成資産。・・・・・平安時代から信仰対象となり、和歌や浮世絵などに取り上げられ、神社や自然が一体となって名山の景観を形成している。

「武家の古都・鎌倉」は、鶴岡八幡宮・鎌倉大仏、など21ヵ所で構成。・・・・・武家政権が初めて誕生した地として、日本文化に大きな影響を与えた。しかし、専門家の意見は厳しく、「鎌倉の社寺群は、目で見て判る遺跡が乏しく武家の要素がどこまで理解してもらえるかがポイントだ」という指摘。

勧告は、「登録」、追加情報を求める「情報照会」、推薦書の再提出を求めて再度審議する「登録延紀」、「不登録」の四段階。    六月の世界遺産委員会・本審査の結果がまたれます。

平成二十五年癸巳・丁巳・癸亥

鎌倉・世界遺産登録?

緊急リポート

「武家の古都・鎌倉」の文化遺産登録アピール始まる。

九月二十二日の読売新聞の記事に「古都」遺産アピールなるか?。  という見出しに、愈々、という秘かな興奮を抑える今日です。  記事を見逃された方もあると思いますので、簡単にリポートしておきます。

国や神奈川県、鎌倉市、逗子市等が世界遺産への登録を目指す「武家の古都・鎌倉」の現地調査が、24日から鎌倉市などで始まる。 イコモスの調査員が27日まで、鶴岡八幡宮など21件の構成資産全てを回る予定だ。
「熱意」のタオル・・・・・汗が染みています(申し訳ありません)
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世界遺産への登録は年々厳しさを増しており、県や鎌倉市では、「顕著な普遍的価値を直接説明できる最後のチャンス」とアピールの準備を整えている。

イコモスの調査員は、中国の国内委員で、中国建築設計研究院建築歴史研究所副所長の王力軍氏。    (肩書きが長く少し心配。・・・・・冗談ですよ。)

2011年6月に世界遺産に登録された「平泉」(岩手県)を調査した実績をもつ、調査では、推薦書の内容や保存管理状況(重要)を確認するが、鎌倉市や県職員らが30人態勢で王氏に随行、山稜部を歩いたり、茶道や精進料理を体験するそうだ。また推薦書の内容については「流鏑馬や坐禅の画像を取り入れ、日本史の教科書の様に作成したそうだ。

登録への今後の日程は、現地調査の内容がイコモスで審議された後、来年5月頃、イコモスが登録の可否(「登録」・「情報照会」・「登録延期」・「不登録」の4区分)をユネスコ世界遺産委員会に勧告。同6月頃の同委員会で正式に可否が決定される。

ただ、鎌倉にとって不幸な条件もリポートしておきます。  世界遺産委員会は14年から、審議する文化遺産の件数を「一国一件」に絞る方針を示している。  すでに現地調査を終えた「富士山」と「武家の古都鎌倉」の両方、またはどちらかの登録が見送られ、14年に審議される場合、国が8月に世界遺産への推薦を決めた「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を含め、どの候補地を審議してもらうのか、調整の必要がある。

「参考」

世界遺産の総数・現在登録されている、文化遺産745件・自然遺産188件・複合遺産29件、日本国内では文化遺産12件・自然遺産4件が登録されている。

平成二十四年壬辰・庚戌・戊子                     次回更新9月29日の予定

世界遺産推薦書提出

1月25日鎌倉市の松尾崇市長は「武家の古都・鎌倉」の推薦書(正式版)のユネスコ提出が決まり「構成資産の社寺や山稜部をこれまで守り伝えてきた先人たちの努力と功績に改めて敬意を表した」 (読売新聞) 記事番号160参照 2011、12、21ブログ記事

世界遺産登録に向け国がユネスコに提出する推薦書の作成を、国と4県市(神奈川県・横浜市・鎌倉市・逗子市)の協議で進められていた。

推薦書では、「武家の古都・鎌倉」の世界遺産としての価値を次のように位置づけている。

12世紀末、戦士である武家が自ら政権を樹立し、貴族が支配する古代社会から、武家の支配する中世・近世へと続く大きな変革をもたらした。  「武家の古都・鎌倉」は、武家が新たに造り出した政治支配体制の中から武家社会を生みだした。

武家は、要害的地形をなす山稜の崖地や谷戸を切り崩して造成した場所に寺院や武家屋敷を配置し、政権支配と防御の強化を図った。中世への転換期に造られた、山稜部と一体となった政権所在の形態が「武家の古都・鎌倉」です。

予定では今年夏ごろにはユネスコによる現地調査があり、来年5月頃にはイコモスから評価結果が勧告され、夏頃に登録の可否が決定される。

「武家の古都・鎌倉」世界文化遺産登録をめざして

鎌倉で生まれ、育まれた武家の文化は、日本人の精神や文化のよりどころとして、現代まで受け継がれてきました。  鎌倉で武家は、自己を律し、誇り高く、信仰は厚く、敵をも味方と共に供養すると云う精神や文化を生み、育みました。 このような武家の文化を示す歴史的遺産を人類共通の財産として位置づけ、後世に伝える運動をしています。

「武家の古都・鎌倉」は世界遺産登録をめざして運動しています。  候補遺産となっている24件の歴史的遺産は、武家政権と深く関連し、中世に形作られた基本的な姿を現在に伝えていることが古絵図や発掘調査等により証明されてきた。
1.鶴岡八幡宮   雪の下
2.若宮大路    小町・雪の下
3.荏柄天神社   二階堂
4.寿福寺     扇ヶ谷
5.建長寺     山之内
6.円覚寺     山之内
7.覚園寺     二階堂
8.瑞泉寺     二階堂
9.称名寺     横浜市・金沢区  (金沢文庫)
10.極楽寺    極楽寺
11.浄光明寺   扇ヶ谷
12.鎌倉大仏   長谷
13.永福寺跡   二階堂  (youfukuji・ato)
14.法華堂跡   西御門  (源頼朝墓・北条義時墓)
15.東勝寺跡   小町   (鎌倉幕府最終地)
16.仏法寺跡   極楽寺  (新田義貞・鎌倉攻めの、主戦場)
17.一升桝遺跡  極楽寺  (中世交通路・関所?)
18.北条氏常盤亭跡・常盤  (鎌倉・西の防御)
19.大仏切通   長谷   (鎌倉・防御)
20.化粧坂    扇ヶ谷  (  々  )(kewaizaka)
21.亀ヶ谷坂    々   (  々  ) (kamegayatusaka)
22.朝夷奈切通  十二所  (  々  ) (asaina) (jiyuunisou)
23.名越切通   大町   (  々  ) (nagoe)
24.和賀江嶋   材木座  (最古・築港) (wagaesima)


以上24か所の寺院・神社・寺院跡・場所・地域が世界文化遺産の候補地となっております。

鎌倉に政権を開いた武士達は、貴族の家来である「侍」から、日本の統治者「武家」へと成長し700年にわたる武家の時代を築いた。   武人として死の覚悟と、為政者としての自立が必要であった武家は、大陸の宗教や文化等をとりいれ、新たな文化をはぐくみました。 武家には、命よりも名誉を重んじる精神や、命を懸けて領地の為に働くことから来た「一所懸命」などの思想があり、現代に通ずるところがあると思う。

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