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2010年11月

鎌倉と禅文化(+4

栄西(ようさい)日本臨済宗の祖。二代将軍・源頼家や北条政子の帰依を受け、幕府や朝廷の保護のもと、禅宗の振興に努めた。正冶二年・扇ヶ谷に壽福寺を建て、建仁二年・京都に建仁寺(開基・源頼家)を建てた。栄西の弟子明全(みょうぜん)に師事した道元は曹洞宗を日本に伝え、日本の開祖となり、越前に永平寺を建て修業に専念。臨済宗が貴族や武士階級に広まったのに対し曹洞宗は庶民の間に浸透した。  臨済僧・蘭渓道隆により建長寺開山(建長五年)  開基・執権北条時頼。建長寺が鎌倉に建立されたことによって、日本全国に禅宗が流布する源が出来た。その後北条時宗により、南宋の臨済僧・無学祖元を開山に招き(弘安五年)円覚寺を建てた。  禅宗は自力本願であり、坐禅により自ら悟りを開くことを重んじる。 常に戦場にあった武士は、人生の無常観と罪の意識に目覚めるにつれ、自らの生き方を問うため禅の教えを学び、実践した。  建長寺や円覚寺では、現在も雲水が托鉢を行い、一般家庭を訪ねている。  不殺生戒の教えから魚や肉を使わず、旬の素材を無駄なく使う精進料理(けんちん汁)は建長汁がなまって呼ばれるようになったと言われている。 室町幕府の三代将軍・足利義満は鎌倉五山を建長寺・円覚寺・壽福寺・浄智寺・浄妙寺の順で定めた。  五山文学が生まれ、建築・彫刻・造園などにも影響を与えた。  建築では、鎌倉円覚寺の舎利殿が国宝に、絵画では建長寺・蘭渓道隆像を代表とする頂相(ちんぞう)(禅僧の肖像画)も国宝に指定されている
五山第一位・建長寺

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五山第五位・浄妙寺s-2010_1201_095223-DSC01243.jpg
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