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2013年01月

鎌倉・大仏の謎

6・鎌倉大仏の原資材は・・・・・

詩人・与謝野晶子の詩ではないが「ハンサムだけど、傷の跡が痛々しいネ・・・」     近くで大仏さんを良く見れば、それもよくわかる、痛々しいお姿である・・・。

しかし、出来あがった当時の大仏は金色に輝き、もちろん傷跡も無い美しいお姿が想像される。  大正の関東大震災後の修理の際に頬やあごの周辺から僅かな金箔が見つかっており、金箔が全身を覆っていたと思われるから。

金銅仏の多くが鍍金を施すのに、この大仏が金箔を押した理由は、像・材料の成分の純度が低く、鉛分が多かったからのようだ。
露座の高徳院・大仏(鎌倉・長谷)
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鎌倉大仏            東大寺大仏

銅   68・76%           91・09%

鉛   19・58%            2・04%



奈良の大仏と比べなぜ鉛分が多くなったのだろうか。  これについては専門家で意見の分かれるところでありますが、なかなか面白い説が有りますので紹介しておきます。

鎌倉大仏の勧進、僧・浄光が北陸から西国を勧進する為、幕府に許可願をしている文中に、当時大陸の宋から大量に入ってきた「宋銭」が流通しており、その鉛分の多い宋銭を万民から集め鋳造したのではないかという文言が想像されます。

大仏が誰の手で造られたのかも謎の一つである。  大和国金峯山蔵王堂鐘銘に、「文永元年甲子八月二日鋳之、鎌倉新大仏鋳物師丹治久友」とあり丹治久友という鋳物師が大仏鋳造に携わった事が考えられる。他に当時相模国で活躍していた技術者・物部重光・季重らが棟梁として指揮をしたのではあるまいか。   (了)

平成二十五年癸巳・甲寅・丙申
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