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2013年03月

鎌倉時代の鎌倉

6・鎌倉人の食生活?

鎌倉時代の人々はどんなものを食していたのであろうか。ある大学の先生が「吾妻鑑」やその他の文献を参考に、鎌倉時代の献立を作成、当時の材料を使って料理し、これを食した事があるそうだ。

その献立とは、玄米のアワ粥、クラゲ、ミョウガの酢漬け、きゅうり酒粕もみ、アユの塩焼き、ゆで茄子などの十四品。デザートは干柿、酒はかわらけで濁り酒を飲んでいたようだ。

鎌倉時代の庶民の食卓がこんなに多彩な献立で飾られていたとは到底思われない。先生達の食した献立はあくまで賞味の為にそろえられたものであろう。

主食ひとつを見ても、武家等の支配階級の場合は、現代の普通のご飯に近い固粥(katagayu)が一般化して来たようだが、まだ主流は薄粥(usugayu)で、これには雑穀や野菜を入れたりしており、米が主食とは言い難い。

恐らく、庶民の主食などは、焼畑などの僅かな耕地で作る麦、アワ、ヒエ、そば、芋位の物だったと思われる。日蓮上人の「立正安国論」にも、荘園領主から搾取されている農民は、天災飢饉に苦しんでいる、と記されている。

支配階級の武士、僧侶と庶民との決定的な違いは、庶民が米を食べていなかった点であろう。鎌倉はコメの産地では無かったとしても、支配階層の人達は東京湾をへだてた下総、上総あたりから舟で米を運ぶことは、難しいことでは無かった。  資料によれば、餅、草もち、栃餅、赤飯、焼き米、ちまきなど、米を加工するようになってくる。

鎌倉時代の食料品の特徴の一つは、加工品が盛んになったことであり、これは重要な意味を持っている。素材をそのまま食べず、加工すると云う事は、あきらかに、空腹を満たす為の食物では無く、味覚を楽しむ食なのだ。しかも、その求める素材は、庶民が日常主食としている雑穀にまで及び始めた。

雑穀から加工した饅頭、ソーメン、アメ、納豆等も、支配階級の人達が贈答用に使っていたふしがある。主食の素材を奪われた庶民の食糧はますます不足する事とになる。  そのせいかどうか、庶民たちは、今日ではとても食べられないキサゴ(カタツムリの一種)等も食べていたようだ。

しかし、海辺に住み、貝類が食べられればまだいいが、多くの海辺で貝類の採取が禁止されてしまった。鎌倉時代は、食物の格差が開き始めた時代ともいえそうだ。
(終り)

平成二十五年癸巳・丙辰・壬辰

都合により、今月の更新(2回)お休みします。
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