FC2ブログ

2013年11月

室町期の将軍権力

*二つの要素を持つ将軍権力

初期の室町幕府における足利尊氏と直義(tadayosi)兄弟の関係は、「両大将」とか、「尊氏が将軍」・「直義が副将軍」等と呼ばれ、将軍権力を分掌していました。いわゆる二頭政治が展開されていました。

二人の権限を分析してみると、尊氏は軍事活動のリーダーでした。京都では侍所(samuraidokoro)(武士を統括する役所)、地方では各国の守護を通じて武士を従属させ、全国の武士の主人、武家の棟梁として君臨しました。ここで全国の武士、といったときに、かつての御家人だけではなく、新興の非御家人勢力をも取り込んだ点は新しい。

武士たちに合戦への参加を命じ、命がけの働きに対する恩賞として土地を与える。源頼朝以来の「本領安堵」と「新恩給与」(honriyou・ando)と(sinon・kiyuyo)の権限を行使したのです。

一方で、直義は行政のリーダーでした。 鎌倉幕府以来の政治的機構である評定衆や引付衆(hikitukesiyu)をまとめ上げ、政治や裁判を施行していました。税収の確保も彼の仕事でした。 以前にもリポートしましたが、彼の主張は、武士は鎌倉に戻り武家政権を再生することにありましたので、朝廷勢力とは迂闊にかかわるべきではない、という考え方が直義の主張でした。

しかし、現実はその様にはいきませんでした、その朝廷や荘園本所との交渉も、直義の職務に分類され、兄の付託に従い、誠実に天皇・貴族との折衝に当たり、その姿勢は伝統勢力からも好感をもって迎えられていました。

以上、二人の権限分割を簡単に観てきましたが、将軍権力は二つの要素から成り立っています。一つは、「主従制的支配権」です。全国の武士と主従の関係を結ぶ。土地を「御恩」として与え、戦場での働きに代表される「奉公」を求める。 奉公は、非常時には戦闘への参加という形をとるが、普段は将軍・天皇の警護や、現在の警察機能を行うなど治安の維持を担う。

もう一つは、「統治権的支配権」です。時局に対応する法を作成し、人々に示す。  税を徴収し、適正な運用を試みる。  御家人・貴族・寺社勢力などの利害調整を図り、公平な裁判を行う。  全国の武士のみならず、民衆までを視野に入れ、その生活を守る。

以上、日本の将軍権力は主従制的支配権と統治権的支配権から構成されるもので、鎌倉から江戸に至る700年の長きにわたり、日本の武士の世を支えることになります。  (続)

*次回の更新、都合により12月7日の予定です

平成二十五年癸巳・甲子・庚子
スポンサーサイト